伝えたかったことを、伝えない勇気

こんにちは。
音の小部屋から、今月2回目のコラムをお届けします。

春が少しだけ遠くなって、
空の色や風の匂いに、初夏の気配が混じりはじめました。

季節が移ろうように、
気持ちにも、声にもしずかな変化が訪れるこの時期に、
ふと思い出したことがあります。

今日は、「伝えたかったことを、伝えない勇気」について、
少しお話しさせてください。

わたしは以前、
「思ったことは、きちんと伝えたほうがいい」
「感じたことは、言葉にしたほうがいい」
そう信じていた時期がありました。

正直なほうが誠実だし、
本音を出せる関係のほうが、
きっといいものだと思っていたんだと思います。

でもあるとき、
本当に伝えたかった言葉を、
あえて口にしなかったことがありました。

書こうとして、途中でやめた。
言いかけて、そっと黙ることを選んだ。

それは、こわかったから、というよりも、
「伝えないことも、やさしさになるかもしれない」
そんなふうに思えたからでした。

わたしたちは、どうしても
「言葉にすること」に価値を置きがちです。

思いを届けること、
考えを発信すること、
自分の言葉で語ること。

もちろん、それはとても大切です。

けれどその一方で、
言葉にならなかった部分にこそ、
その人の奥行きや、静かな深さが宿ることもある。

最近は、そんなふうにも感じています。

伝えないと決めた場面。
言葉にしなかった想い。
書かないでおいた一文。

それらは消えたのではなく、
たぶん、静かに自分の一部になっていく。

そういうものを心の中にそっと持っていると、
話す言葉や書く文章にも、
どこかやわらかい温度がにじむような気がします。

いまのわたしは、
「伝える力」と同じくらい、
「伝えない力」も大切にしたいと思っています。

言葉を選ぶ人として。
声を届ける人として。
そして、ひとりの人間として。

初夏の手前、風がゆるやかに変わるこの季節に、
そんなことを、ふと思い返していました。

伝えなかった言葉たちが、
あなたの中にも、静かに残っていてくれますように。

また、音の小部屋でお会いしましょう。

—— やわらかな声のコラムでした。

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